新着情報

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2020.2.20 2月24日は月曜日ですが、営業します。

2月24日は、定休日の月曜ですが、天皇誕生日の振替休日であるため営業します。替わって翌日の火曜日はお休みさせて頂きます。宜しくお願い致します。

2020.2.4 2月&3月の営業スケジュール

2月のスケジュール:
12日(水)および13日(木)は、食品展示会を見学するため臨時休業します。
24日(月)は天皇誕生日の振替休日ですが営業し、翌日25日(火)をお休みします。
木曜のランチタイムは引き続きお休みします。

3月のスケジュール:
臨時休業の予定は、引き続き木曜のランチタイムをお休みします。

※ 現在、身内の介護のため、臨時休業が多くなっておりますが、ご容赦下さい。急に閉めることもありえますので、このホームページでやお電話でご確認頂けましたら助かります。

営業時間:
火~金 11:30~14:00(木曜のランチタイムは臨時休業中)、18:00~23:00
土・日・祝 11:30~15:00、17:00~23:00
定休日は月曜日(月曜が祝日・休日の場合、翌日火曜日をお休みします)

2020.2.4 2月の特別料理

(価格は税抜きです)

◆点心◆
大きな海鮮しゅうまい  2個580円
にら入り蒸し海老餃子  2個480円
ふかひれ餃子  2個480円
豚肉の梅肉蒸し  580円


 (写真) 1枚目.大きな海鮮焼売 2枚目.韮入り蒸し海老餃子 3枚目.ふかひれ餃子

◆小皿料理◆
帰ってきた柚子大根 680円
麻辣茄子  680円
あさりとにら、ナッツの炒め  880円
広東ワンタンスープ  800円
らっきょう、ピータン、卵の炒め  580円
椎茸、きくらげと鶏肉の炒め  680円
揚げワンタン   680円
本日の広東式蒸し魚または煮魚  880円
梅菜と鶏梅菜と鶏せせりの蒸しもの  680円
桂林スープビーフン  780円
広東撈麺(ロウミン)  680円
中華おこわ  480円


(写真) 1枚目.麻辣茄子 2枚目.あさり韮ナッツの炒め 3枚目.わんたんスープ 4枚目.揚げワンタン 5枚目.桂林スープビーフン 6枚目.ロウミン 7枚目.中華おこわ

◆薬膳料理◆
鶏肉の薬膳蒸し  680円
海老餃子入り朝鮮人参スープ  800円
キンモクセイ入り白きくらげと卵の炒め  800円
鶏ハツと野菜の炒め  680円
干し鱈薬膳粥  800円


 (写真) 1枚目.鶏肉薬膳蒸し 2枚目.キンモクセイ入り白キクラゲと卵の炒め 3枚目.干し鱈薬膳粥

◆特別餃子◆
きゅうりの餃子   3個360円
黄にらの餃子    3個360円
パクチーの餃子   3個360円
みょうがの餃子   3個360円
生らっきょうの餃子 3個360円
原木椎茸の餃子   3個360円
春菊の餃子      3個360円
菜の花の餃子     3個360円
明日葉の餃子     3個360円
白菜キクラゲ.鶏肉の餃子 3個360円

◆高級中華野菜の料理◆
金針菜(キンシンサイ)と海老またはチャーシュウの炒め  880円
まこもだけと海老またはチャーシュウの炒め  880円
芥藍(カイラン)と海老またはチャーシュウの炒め  880円
黄にらと海老またはチャーシュウの炒め  880円


 (写真) 1枚目.金針菜と海老の炒め 2枚目.まこもだけとチャーシュウの炒め 3枚目.芥藍とチャーシュウの炒め

2020.2.4 2月のランチセットメニュー

◆ランチセット◆ (価格は税込みです)
1. 豚肉粥と水餃子2個 850円
2. 海老いか粥と水餃子3個 950円
3. 桂林スープビーフンと水餃子2個 950円
4. ガーリック卵チャーハンとスープ 950円
5. 中華おこわと大根餅2枚 1000円
6. 豚肉粥とふかひれ餃子2個 1050円
7. 朝鮮人参粥と水餃子5個 1050円

ランチタイムでも、ランチセットメニューにこだわらず全メニューからご注文頂けます。粥菜坊のメニューは、とても豊富なうえ他店にないものばかり。全部のメニューを見渡して頂くことをお勧めします。


 (写真) 1枚目.中華おこわ 2枚目.大根餅 3枚目.ふかひれ餃子

2020.1.21 ランチ・エクスプレスのご案内

粥菜坊では、平日のランチタイムの時間が限られてお急ぎの方のために、お電話で注文を頂き、ご来店のお時間に合わせてお席に準備しておく”ランチ・エクスプレス”があります。このホームページでメニューをご確認頂き、時間のない方は、ぜひご利用ください。

2019.11.2 宴会のご案内

粥菜坊の宴会コースは、裏メニュー中心の「おまかせコース」(2500円~5000円、土日祝は3500円〜)で、ご予算に応じて用意します。その時で旬の素材が違いますし、普段は準備していない食材・調味料を取り寄せる等の事情から料理の内容は固定しておりません。

内容としては、標準的な3500円のコースで、5品の料理+点心(餃子その他)+広東粥 となります。もちろん、食べたい料理、避けたい食材のリクエストがあればご相談ください。また、食べきれない場合も大丈夫。お持帰り用のフードパックを用意しております。

飲めない人でも楽しめる 飲み放題!
粥菜坊の飲み放題は、アルコール類(ビール、サワー、紹興酒、ハイボール、高粱酒、マッコリ、いろんな焼酎、日本酒)、ソフトドリンクに加え、約二十種の中国茶も飲み放題に入ってとても充実しています(1700円、料理が3500円以上の場合は1500円へ割引)。

なお、月曜日は定休日ですが、宴会をお考えの方はご相談ください。

是非、粥菜坊での宴会をご検討下さいますようお願いいたします。

 

 

 

2019.10.30 粥菜坊が紹介されたテレビ・ラジオ・動画

テレビ・ラジオ・動画
●テレビ東京『モヤモヤさまぁ~ず2』
●香港電視台 『飄(第15話)』 (動画あり)
●神奈川テレビ 『ありがとッ!』
●かわさきFM 『世界の国からこんにちは』
●テレビ東京 『L4YOU!』
●神奈川テレビ 『旬菜なび』
●TBS 『東北3県物語 HIKARI』
●日本テレビ 『ぶらり途中下車の旅』
●助け合いジャパン 『わかめ餃子をご当地グルメに』 (動画あり)
●中国中央電視台(CCTV13)『“中国妈妈”災区発放食物暖人心』 (動画あり)
●中国中央電視台(CCTV13)『For the Recovery (中国語版)』
●NHK 『For the Recovery』
●NHK第一ラジオ 『地球ラジオ』
●東急沿線CATV イッツ・コム 『地モトTV おかえり!』
●FM横浜 『E-ne!~good for you ~』
●中国新聞ネットテレビ 华人厨师:让福岛灾民品尝爱心的滋味 (動画あり)
●NHK仙台 『テレまさむね』
●中国中央電視台(CCTV4)ニュース番組 『新聞週刊』 (動画あり)
●CATV イッツ・コム 『ぶらっと散歩』
●CATV イッツ・コム 『いっつ365』
●かわさきFM 『世界の国からこんにちは』
●かわさきFM 『元気!かわさきワッショイ』

○『粥菜坊が紹介された書籍・雑誌・新聞』はこちら
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◆2016年3月放送 テレビ東京『モヤモヤさまぁ~ず2』


さすが人気コンビの冠番組、放送後はあっちこっちで見たよという声をかけられました。収録の中では、さまぁ〜ずさんのおふたりに、「腸粉」を食べて頂きました。美味しいって広東語で何て言うんだと聞かれて返した答えが好好味(ホウホウメイと発音)。「じゃあ実際に食べてから美味しいって言って」と言われて、食べて言った言葉が好好食(ホウホウセッと発音)。さっきと違うじゃんってお二人に突っ込まれ、慌てた様子に周りも爆笑し、終始楽しい時間でした。

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◆2015年11月放送 香港電視台(HKTV) 『飄(第15話)』

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__(https://www.youtube.com/embed/EPmvIIJ5s0k)

2012年夏、3泊4日で東北の応援に出かけた際、香港から来た8人のクルーに4日間に亘る密着取材を受けました。その際に製作された被災地支援の20分間のドキュメンタリーです。料理教室(南三陸町)やバーベキュー(東松島)、児童養護施設でのレクリエーション(気仙沼)などの活動が収録されました。

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◆2015年1月放送 神奈川テレビ 『ありがとッ!』


三浦綾子アナウンサーが「腸粉」「焼売」「牡蠣のお好み焼き」「朝鮮人参粥」の4品をレポートして下さいました。このコーナーは、『笑っていいとも』のテレフォン・ショッキングのように、食の職人が次のお店を推薦し、バトンタッチで紹介していくもの。今回は、都築のとんかつのお店『馬酔木』さんからご紹介を受けて取材となりました。馬酔木さんは、とても美味しいとんかつを食べさせて頂けるだけでなく、おもてなしや清潔感、お店のおちつき…何をとっても好感度高い人気店です。そんなお店からご紹介を受け光栄でした。

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◆2015年1月放送 かわさきFM 『世界の国からこんにちは』


FMかわさきで40分間、生放送でお話ししました。以前にも同番組に出演したことがあり、局の方が時々粥菜坊に食事に見えます。今回も、局の方が粥菜坊に食事に来て雑談しているうちに、「そういえば、前に被災地から粥菜坊に炊き出しのお礼が言いたいと連絡先の問合せを受けたの」と言い出して、話しは被災地での活動へ。是非その話しを番組でして欲しいということになって、そのことをお話ししたのが今回でした。

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◆2014年9月放送 テレビ東京 『L4YOU!』


『L4YOU!』は、草野満代さんがメインキャスターを務めていた生活情報番組。俳優でケーナ奏者、『俺たちの旅』を見ていた方なら懐かしい田中健さんが粥菜坊をレポートしてくれました。健さんはかなり話し好きのようで、カメラが回っていようといまいと、どんどん話しかけてきます。健さんには、「腸粉」と「朝鮮人参粥」を食べて頂きましたが、「これ、ホント美味しいねぇ」を連発。その食べっぷりや表情から、本当に気に入って頂いたようで、スタッフを待たせてまで両方完食でした。腸粉を食べて頂いて、その美味しさに大満足。健さん「広州ではいつもこんな美味しいの食べてんの?」粥菜坊ママ「小さい頃からずっと。だから、こんな体になっちゃった(笑)」実は、その多くは放送されてませんが、笑ってばかりの楽しくて長い収録でした。
さて、収録の際、健さんが突然草野さんにも食べさせたいと言い出しました。結果、放送の当日、生放送のスタジオでは腸粉が登場。草野満代さんにもご試食頂き、我が子がテレビ出演しているような気持ちでした。

(スタジオでの実際の会話)
田中健さん :ちょっと食べてみて下さい。これ。
草野満代さん:だって、健さん感動してましたよね。美味しいって。
健さん :いや、もう、感動しないわけがない。
(草野さんが食べてみる)
健さん :ねっ、ねっ。
草野さん:わぁ美味しいっ…!優しい味これっ。ぷるっぷるっで、つるっつるっ。くせになるぅ!
健さん :こういう感じの料理がいっぱいあるんです。だから、また行きたいですね。 このお店。お元気ですか?おかあさ~ん!
(健さんが粥菜坊に手を振ってくれました)

広東料理の定番、腸粉。粥菜坊発で多くの人に知れ渡ったらいいなぁと思いました。

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◆2014年6月放送 神奈川テレビ 『旬菜なび』

番組でレポーターをしているフリーアナウンサーの山崎彩さんが取材に見えました。実は、今回の取材は『武蔵小杉ウォーカー』さんとのコラボ企画で、つい先日そっちの取材で見えたばかり。今回は、「薬膳玄米粥”翡翠”」と「焼売の真実」を食べてレポートして下さり、また楽しいひとときを過ごさせて頂きました。
さて、『旬菜ナビ』はJA神奈川の広報番組で、県内の旬の農作物や利用方法を紹介している番組。ホームページ(http://www3.tvk-yokohama.com/navi/ ) は、食の情報番組としてとても面白いです。どこでどんな野菜が買えるのか、粥菜坊も参考にしています。

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◆2014年3月放送 TBS 『東北3県物語 HIKARI』

震災後3年目に作られた1時間番組で、「わかめ餃子」が10分にわたり紹介されました。わかめ餃子は、粥菜坊が復興の一助にならないかと震災から立ち直りを目指す石巻市十三浜の漁師西條さんに作り方を伝えた餃子です(下記『わかめ餃子をご当地グルメに』参照)。商品化して頂いて、今日まで石巻市の給食に定期的に出されたり、仙台牛タンのお店でメニューに加わったり、お土産屋さんや商店で陳列されたり、ネットでも販売されています。西條さんの頑張っている姿に感動しました。

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◆2013年11月放送 日本テレビ 『ぶらり途中下車の旅』

俳優の宮川一朗太さんが、南武線をする旅で粥菜坊が紹介されました。南武線を立川から川崎まで旅している途中で、武蔵小杉で下車。武蔵小杉をぶらぶらしている途中で、腸粉の写真を見つけて「何だ、こりゃ」の思いから立ち寄ったとのことです。粥菜坊の腸粉が初めてテレビでオンエアされることになり、とても興奮しました。ほかに、「桂林スープビーフン」と「焼き河粉」が紹介されました。

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◆2013年5月公開 助け合いジャパン 『わかめ餃子をご当地グルメに』

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__(https://www.youtube.com/embed/NiJJODEMgcM)

粥菜坊では、震災後2年経ってもSOSを出している方をネットで探していました。そんな中、繋がったのが石巻の十三浜でわかめと昆布、帆立の漁をしていた西條さん。被災して帆立の漁が立ち行かなくなり、その代替を探していた状況でした。そして、川崎の粥菜坊まで足を運び、熱心に粥菜坊の応援したい思いを聞いて下さったのです。粥菜坊は、南三陸産の美味しいわかめを使った「わかめ餃子」を作ってみてはどうかと提案し、チャレンジして頂けることになりました。後日、作り方を伝えるため石巻十三浜を訪れた際に、助け合いジャパンさん(tasukeaijapan.jp/)から取材を受け、製作されたビデオです。

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◆2012年1月放送 中国中央電視台(CCTV13)『“中国妈妈”災区発放食物暖人心』


__(http://news.cntv.cn/world/20120128/104230.shtml)

震災後、約1年。粥菜坊が被災地で行った応援活動を振り返る取材を受けました。

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◆2011年12月放送 中央電視台(CCTV) 『For the Recovery (中国語版)』

9月にNHKで放送されたドキュメンタリーの中国語版が中央電視台で放送されました。

◆2011年9月放送 NHK 『For the Recovery』

30分ドキュメンタリー番組の中で、被災地支援活動に関する粥菜坊店内でのインタビュー、および東北での炊き出し場面が約10分間放送されました。

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◆2011年8月放送 NHK第一ラジオ 『地球ラジオ』


(写真)1枚目.キャスターの後藤繁榮さん・大輪香菊さんと記念撮影、2枚目.渋谷のNHKスタジオ前

被災地支援を続ける思いについて、生放送で約10分間インタビューを受けました。

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◆2011年7月放送 東急沿線CATV イッツ・コム 『地モトTV おかえり!』

「ココ コレ!」というコーナーで、粥菜坊が作る広東粥、餃子、腸粉について、他店では味わえないその特徴について約5分間、紹介されました。

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◆2011年6月放送 FM横浜 『E-ne!~good for you ~』

ホズミングという穂積ユタカさんのコーナーで、中華ちまきの仕込み場面が生中継でレポートされました。

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◆2011年6月放送 中国新聞ネットテレビ(中国新聞社公式サイト) 华人厨师:让福岛灾民品尝爱心的滋味


__(http://www.chinanews.com/shipin/2011/06-17/news40096.html)

宮城県石巻の避難所(釜小学校)での炊き出しが報道されました。報道には入ってませんが、この炊き出しは後にパラパラ動画でブレイクした鉄拳さんとのコラボ企画で、粥菜坊が食事を提供し、鉄拳さんがお笑いを提供しました。

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◆2011年6月放送 NHK仙台 『てれまさむね』

6月8日、南三陸町歌津地区名足での炊き出しがその日のニュースで報道されました。現地では、約3カ月ぶりに電気が通ったばかり!地元の人達には、やっと見れたテレビに自分達が映って大喜びしてもらえました。

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◆2011年4月放送 中国中央電視台(CCTV)『新聞週刊』招杏明 冒険援助(危険を冒して助けに向かう人物)


__(http://big5.cntv.cn/gate/big5/news.cntv.cn/china/20110416/109996.shtml) 画面の左下の時刻が22:44辺りで、粥菜坊の炊き出しの報道が見れます。

中国全国放送のニュースの『今週の人物回顧』というコーナーで福島県いわき市での炊き出しが報道されました。
最近這些天,在距離日本福島核電站只有32公里的避難所,中國人招杏明和她的日本丈夫,還有其他幾位華人志願者每天換著花樣給災民們送來熱氣騰騰的中國料理 と紹介されています。

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◆2009年10月放送 CATV イッツ・コム 『ぶらっと散歩』

1ヶ月間、東急沿線のCTVイッツコムの『ぷらっと散歩』という15分番組で武蔵小杉にスポットがあてられ、その中で約5分間ほど粥菜坊が紹介されました。東急沿線のコミュニティサイト「TOQ楽」の会員へのアンケートで当店が選ばれたそうです。

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◆2008年10月放送 CATV イッツ・コム 『いっつ365』

粥菜坊で実施した中原区役所主催の料理教室の模様を中継。

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◆2008年8放送 かわさきFM 『世界の国からこんにちは』

川崎在住の一外国人として、パーソナリティ岡島彰子さんと粥菜坊のこと、料理教室のこと、中国のことなどなど、たっぷり語りました。約1時間の生放送でしたが、楽しくて予定していた音楽をカットするほど時間が足りませんでした。

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◆2007年2月放送 CATV イッツ・コム 『いっつ365』

川崎市の地元店コンクールで1位になったことにより、粥菜坊が約4分間紹介されました。

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◆2007年3月放送 かわさきFM 『元気!かわさきワッショイ』

番組の中で、インタビューを生放送。

2019.10.29 粥菜坊が紹介された書籍・雑誌・新聞

書籍・雑誌・新聞
●『ぴあ 横浜の町中華』(2019年9月発売)
●『横浜ウォーカー』2018夏(2018年7月発売)
●『OZmagazine』2017年4月号(2017年3月発売)
●『るるぶ南武線(国内シリーズ)』(2016年3月発売)
●『東京ウォーカー 武蔵小杉・日吉・綱島 ジモト飯』(2016年1月発売)
●『ぴあ 武蔵小杉食本』(2014年12月発売)
●『餃子女子』(2015年9月発売)
●『散歩の達人』(2014年7月発売)
●『武蔵小杉ウォーカー』(2014年5月発売)
●『田園都市生活』Vol.49(2013年6月発売)
●『OZmagazine』2013年4月号(2013年3月発売)
●『大人の週末』2013年4月号(2013年3月発売)
●『川崎本』(2012年12月発売)
●『ことりっぷ 横浜』(2012年2月発売)
● 神奈川新聞 2012年1月9日
●『横浜ウォーカー』8/2号 (2011年7月発売)
●『田園都市 レストラン&カフェ』完全保存版 (2011年12月発売)
●『横浜・鎌倉・湘南 お洒落グルメ案内』(2011年10月発売)
●『田園都市生活』秋号(Vol.42) (2011年9月発売)
●『るるぶ川崎市(国内シリーズ)』(2010年12月発売)
●『横浜ウォーカー』(2008 No.6)
●『神奈川グルメ まるかじりガイド』(2008年1月発売)
●『川崎市ウォーカー』(2007年11月発売)N
● 日本経済新聞 2007年10月25日
●『散歩の達人』2007年7月号(2007年6月発売)
● 神奈川新聞 2007年3月27日
● 東京新聞2007年1月29日
●『dancyu』2006年3月号(2006年2月発売)

○『粥菜坊が紹介されたテレビ・ラジオ・動画』はこちら
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◆『ぴあ 横浜の町中華』(2019年9月発売)


素材の味を生かした独創的な広東料理
「牡蠣の中華お好み焼き」「豚肉腸粉」「朝鮮人参粥ランチセット」が紹介されました。

◆『 横浜ウォーカー』2018夏 (2018年7月発売)


おいしさと見た目に驚く思わず息をのむグルメ
「金針菜(ユリの花のつぼみ)と海老の炒め」「豚肉腸粉」「中国茶・雪菊」が紹介されました。

◆『OZmagazine』2017年4月号(2017年3月発売)


「朝鮮人参粥」が紹介されました。

◆『るるぶ南武線(国内シリーズ)』(2016年3月発売)

◆『東京ウォーカー 武蔵小杉・日吉・綱島 ジモト飯』(2016年1月発売)


疲れた体に染み渡る
栄養満点な中華粥の名店
「朝鮮人参粥 」「豚肉腸粉」「中国茶・雪菊」が紹介されました。

◆『ぴあ 武蔵小杉食本』(2014年12月発売)


シェフの独創性が光る
優しくも力強い広東料理
「牡蠣の中華お好み焼き」「豚肉腸粉」「朝鮮人参粥ランチセット」が紹介されました。

◆2015年9月発売 『餃子女子』


歌手の玉城ちはるさんは、芸能界きっての餃子好きらしく、コンサートで日本各地を訪れると美味しい餃子のお店を探し歩くそうです。そんな彼女が、日本中で訪れたお店の中から、厳選した30店を紹介した『餃子女子』という本を出版しました。粥菜坊も取材を受け、掲載されています。とはいっても、それまでご来店頂いたことはなく、噂を聞いて来てみたかったお店の筆頭だったということでした。書店で見かけたら、是非読んでみて下さい。

◆『散歩の達人』8月号(2014年7月発売)


夏のスタミナ補給に粥菜坊の中華粥が紹介されています。驚いたのが、同誌編集長のツィッターでの投稿。粥菜坊の人参粥を「俺史上最強の一品。散歩の達人に載っけちゃいました」とつぶやいているんです。そんなに気に入って頂けてたとはビックリ。どおりで、食したその場で取材の申し込みをされたわけです。ちなみに、「朝鮮人参粥」と一緒に「青玄米粥」も紹介され、「豚肉腸粉」「マーラー茄子」「とろとろトマトの卵とじ」「仙草ゼリー」「朝鮮人参片烏龍茶」の写真が掲載されています。

◆『武蔵小杉ウォーカー』(2014年5月発売)


取材に来店して下さったのは、フリーアナウンサーの山崎彩さん。今回は神奈川テレビの『旬菜ナビ』という番組とのコラボ企画となっているそうで、同番組でレポーターをしている山崎さんご本人がレポートして下さいました。さて、実食して頂いたのは、「海老粥」「 餃子6種」「中国茶・ 雪菊」。写真の吹き出しでは「お粥は優しい味わい。餃子も皮はカリカリ、あんは柔らかで、絶品です。」とレポートして下さってます。そして、「タレやラー油、餃子の皮まで手作りで、こだわりの強さを感じました。気さくなご主人は知識も豊富。居心地のよいお店でした」との印象も語って下さってます。そのほか、人気メニューとして「青玄米粥 翡翠」「 豚肉腸粉」「牡蠣の中華お好み焼き」の3品も紹介されています。紙面の中では、『旬菜ナビ』の番組情報も掲載されていて、お互いに発信し合えるコラボ企画、素敵だなと思いました。

◆『田園都市生活』Vol.49(2013年6月発売)


「豚肉腸粉」「朝鮮人参粥」「ランチセットメニュー」が紹介されました。

◆『OZmagazine』2013年4月号(2013年3月発売)


「椎茸鶏肉」「粥豚肉腸粉」が紹介されました。

◆『大人の週末』2013年4月号(2013年3月発売)


ある日突然、雑誌掲載依頼のお電話を頂きました。全然気が付かなかったのですが、既に覆面で取材済みの様子。記事の事前チェックも無く、記事内容は発売当日まで知らされず、ちょっよドキドキしました。「牡蠣の中華お好み焼き」がよっぽど気に入っていただけたのか、大きな写真入りでご紹介下さいました。あわせて、「菜の花餃子」「豚肉腸粉」が紹介されました。

◆『川崎本』(2012年12月発売)


川崎の注目餃子を食べ尽くせ!
食都・広東の味を再現 10種以上のヘルシー餃子
「セロリ餃子」「にんじん餃子」「わかめ餃子」が紹介されました。

◆『ことりっぷ 横浜』(2012年2月発売)


東急沿線に集中しています おしゃれな街、通いたくなる街
体質改善も期待できる広東粥

◆2012年1月9日 神奈川新聞

烏龍茶特集で、とても珍しい烏龍茶ということで当店の朝鮮人参片烏龍茶が紹介されました。

◆『横浜ウォーカー』8/2号 (2011年7月発売)


うまい焼餃子が食べたい!変わり種大集合

◆『田園都市 レストラン&カフェ』完全保存版 (2011年12月発売)


いい店しか載っていない美食ガイド。田園都市生活編集部のいきつけ!305軒
素材の旨味が溶け込んだ広州料理で体質改善

◆『横浜・鎌倉・湘南 お洒落グルメ案内』沿線編 東急線(2011年10月発売)


女性に人気の小皿料理が充実

◆『田園都市生活』Vol.42 (2011年9月発売)


特集: 知られざる“素敵”が潜む街へ 武蔵小杉・元住吉・日吉
本格的な広東粥と点心で身体の中から温まる

◆『るるぶ川崎市(国内シリーズ)』(2010年12月発行)


生米からじっくり炊いた広東粥と女性に人気の小皿料理が充実

◆『横浜ウォーカー』(2008 No.6)


「東急東横線 人気タウン1位武蔵小杉」の中で紹介されました。

◆『神奈川グルメ まるかじりガイド』(2008年1月発売)


生米からじっくり炊いた広東粥と女性に人気の小皿料理が充実

◆『川崎市ウォーカー』(2007年11月発売)


1冊の雑誌の中で、なんと2か所で紹介されました。
ページ43 地元っ子ご用達の広東粥と餃子の店
市の地元店コンクールで1位に輝いた人気店。米をゆっくり煮込み、具から出るダシが染み込んだ10種の広東粥、野菜のうま味たっぷりのあんが入った餃子がおススメ。
ページ83 スローな店で癒しのひと時
中国のコック経験をもつ招さんの作るおかゆは、米の甘さやトロみを最大限に生かした本場の味、食後の中国茶でホッ。

◆2007年10月25日 日本経済新聞

連日にぎわいを見せるヘルシーな広東料理の店

◆『散歩の達人』2007年7月号 (2007年6月発売


体がよろこぶ素材と料理
型にはまらないオリジナリティ満載の中華

◆2007年3月27日 神奈川新聞

日本の素材と広東料理の融合が面白い

◆2007年1月29日 東京新聞


『ひと』 お客の笑顔が元気のもと 広東粥専門店の店長 招杏明さん

◆『dancyu』2006年3月号 (2006年2月発売)


アジアをぐるり、温もりのお粥めぐり
何杯でもいける、さらり清らかな鶏風味。やさしい味に、思わず顔がほころぶ!

2019.8.20 9月より平日のランチタイム(木曜を除く)を再開します。

長いこと身内の介護及び看護のため、平日のランチタイムを閉めておりましたが、9月より木曜を除いて再開いたします。月曜日が定休日ですので、ランチタイムを開くのは、火・水・金・土・日曜となります。木曜は引き続き、当分の間閉めさせて頂きます。
なお、身内の介護は引き続き必要なため、たびたび臨時休業する可能性があります。その際には、このホームページでお知らせしますので、ご覧いただけましたら助かります。これまで同様、粥菜坊をよろしくお願い致します。

2019.8.1 粥菜坊の調理人のことがわかるページ(随時加筆中)

粥菜坊は、夫婦で営んでいる小さな飲食店です。ホールを担当しているのは夫の私山本で調理は全くできず、調理は妻の招ひとりで担当しています。二人とも飲食業務の経験はなく、私の前職は会計監査で、招の元々の職業は看護師です。二人とも、どこかで修行をしたこともないまま2004年に開いたのが粥菜坊。私は軽い気持ちで招に店を持たせたところ、想像だにしない料理の技術や知識には驚かされ続けられることになります。食材や調味料を量ることはないし、初めて作るものでも味見もしません(手触りや見た目で分かるそうです)。500人規模の炊き出しでも何ら量りもせずに、ひとりでわずかな時間で作り上げていくのです。そのうちに、招の半生には中国だからこそあり得た飲食に絡むたくさんの経験があったことがわかっていきます。日本ではあり得ない、ただただ驚くことが多く、ここでは、夫という立場を離れて、率直にそれらを皆さんにお伝えしたいと思います。

もくじ

● 西関での幼少期
遊びといえば料理の日々
西関(サイグァン)という特別な街
粥菜坊の腸粉の味の秘密

● 農村での少女期
毎日3食、村全員の食事を作った日々
野菜や魚.家畜を育て、塩以外なら何でも作った経験
医者からも見放された病を救ってくれたよもぎ

● 広州に戻った青年期
広州に戻って自宅を自分で建築
看護師の時代
市場での経験
そして来日

● 日本での粥菜坊の開店そして今日
なぜお粥のお店だったのか
とにかく観察好き
粥菜坊での楽しい日々

●西関での幼少期

遊びといえば料理の日々

招が生まれたのは1962年4月。その頃、中国では文化大革命という大混乱がまさに始まろうとしている時期で、幼少時は外は危険で不用心に外出できない時代に入っていました。社会の上級層の人たちは「吊るし上げ」の憂き目にあい、紅衛兵と呼ばれる10代20代の子供青年達の暴挙が横行し、内戦とも言えるような状態だったのです。公園で遊ぶなんてとんでもないし、親が外出する時も、子供が勝手に外に出れないよう家の外側から鍵をかける時代でした。そんなわけで、招は遊びたい盛りに遊びは限られ、5歳の時には見よう見まねで始めた料理が唯一の遊びとなっていったそうです。昔の厨房ですから、火に薪(まき)をくべながらご飯も炊くし、炒め物もします。背が足りないので、椅子にのってやります。そうして、5歳にして家族の食事を作り、母親が仕事から帰るのを待つ日々を過ごすようになっていきます。


(写真) 1枚目:一番右が幼少時の招。2&3枚目:中国の昔の厨房はこんな感じです。横から薪を入れて火の加減を調節します。

西関(サイグァン)という特別な街

食で有名な広州ですが、その中でもさらに食で有名な場所があります。西関(サイグァン)という旧市街です。今でも広州酒家、陶陶居、蓮香楼といった名だたる老舗レストランが立ち並び、広州の地元では「食在広州、味在西関。」(食は広州に在り、味は西関に在り)という言葉があるほどです。昔は商売の成功者の立派なお屋敷が軒を連らね、若い女性たちは「西関小姐」(西関のお嬢さん)と呼ばれてもてはやされていました。その地域はいったん文化大革命により荒廃してしまいますが、現在では荒廃したお屋敷のひとつが西関民俗博物館として復元され、観光地として整備され賑わいをみせています。そんな西関ですが、実は、招はその西関の生まれ。幼少期はその西関で過ごし、下の写真のようなお屋敷にすんでいたそうです。そして、生まれながらにして、周辺にある有名レストランの味を覚えていきます。




(写真) 1~9枚目:西関民俗館の館内の様子。招はこんなお屋敷に住んでいたそうです。懐かしくてい大いにはしゃいでいました。 10枚目:再開発されて奇麗になった館外周辺の様子。

粥菜坊の腸粉の味の秘密

香港でも広州でも多くの場所で腸粉を見ますし、日本でも広東料理のお店に行けば腸粉を置いてるところもあります。でも、腸粉なら同じ味かというとそうではありません。腸粉自体の味は、お米の味がほのかにするぐらいで、美味しさのポイントはタレにあります。実は、粥菜坊の腸粉のタレの味は、幼少期に西関のコックさんに教わった味だそうです。招が幼児にもかかわらず料理をするので、コックさんが可愛がってくれたし、面白がって料理を教えてくれました。そのひとつが有名店で大人気だった腸粉なんです。そのお店はその後大きくなって多店舗展開し、今の腸粉はもう当時のものではなくなってしまいましたが、今では招が粥菜坊でその味で作っています。彼女もその味が大好きだったからです。50年前の西関の味が、遠い日本の川崎で今も生きていると言えるのかもしれません。

● 農村での少女期

毎日3食、村全員の食事を作った日々

招が初めて父親と会ったのは5歳の頃で母親に連れられ、2晩を船で過ごし暗い中会いに行ったのを覚えているそうです。父は商売で成功していましたが、文化大革命が始まり収容所に送り込まれてしまったのです。数年後、収容所から出てきた父親は広州に戻れず、教育として農村での業務が割り当てられます。兄弟や親戚は家族離散となり、招は父親に付いて広州を後にし農村で生活を始めます。7歳の時です。農村からは、父親は農業に従事させられるだけでなく、村の食事の世話をさせられます。そうして、招は父親と一緒に約150人いた村人の食事を一日3食用意することになるのです。私はこれを聞いて、震災時に数百人規模の炊き出しでも平気で引き受けて一人でこなしたり、粥菜坊での膨大なメニューを一人で調理していける能力に納得しました。


(写真) 1&2枚目:約150人の村人が食事をした広場。広場の片隅にあった井戸は今もあります。3枚目:5世帯で住んでいた家の入口。4枚目:背中側が招が両親と住んでいた小さな部屋の入口。5&6枚目:部屋の内部。

野菜や魚.家畜を育て、塩以外なら何でも作った経験

農村では、罪人の娘ですから、こどもの間でも何かといじめを受けたそうです。叩かれたり蹴られたりは日常的だし、教科書は投げ捨てられるし、学校では1年生から3年生へ飛び級したものの、嫌気がさして3年生でやめてしまいます。日本では、考えにくいでしょうが、彼女の学歴は小学校中退です。それからは、野菜を育て家畜や魚の世話をして一日を過ごします。でも、少女期はなんでも興味津々。どの動植物のことにしても、本からの勉強ではなく、生の観察や実際の経験で詳しくなっていきます。農村なので、農作物は豊富。でも、そこは貧困な時代の中国。農村となると更に貧困で、自分でお肉を食べれるのは年に2、3回といった貧しい生活でした。食材や調味料を買うなんてままならず、塩以外なら自分で何でも作ったそうです。塩だけは、自分で作れなかったので、片道2時間かけて買いに行きました。学校で勉強する必要がなくなった分、たっぷり農業に時間をかけることができ、そこで培った知識をひとつひとつ蓄え、それらが後々料理に大きく役立つようになっていきます。


(写真) 野菜や魚を育てた畑や池

医者からも見放された病を救ってくれたよもぎ

そんなある日、いじめっ子に川に突き落とされます。その晩、高熱が出て、そのまま全身麻痺に陥ってしまいました。手も足もどこも動かせず、顔も麻痺して歪んでしまったそうです。母親に広州の病院に連れて行かれて何箇所もの病院で診察を受けますが、なす術なし。両親とも諦め、植物人間を覚悟したといいます。招は口も動かせず、何の反応もできないものの、耳は聞こえます。だから、会話は聞こえるし、親が諦めたのも分かりました。ところが、実姉の旦那さんがただひとり諦めなかったのです。中国医学の本を読みあさり、自分に任せるよう母親に直談判したのです。義理兄に任せた治療が、あるアパートの6階でスタートしました。よもぎを使った漢方を作ってくれて毎日服用し、よもぎを使ったお灸で身体を手入れし、10歳にしてアルコール度数60度近い白酒も毎日飲みました。そして、奇跡的に42日後、アパートの6階から手すりをつかまりながらでも1階まで階段を降りることができたそうです。この時の経験で、中国医学や漢方への関心を強く持ち、この後ずっと、現在に至っても欠かさず漢方の勉強を続けるようになります。

● 広州に戻った青年期

広州に戻って自宅を自分で建築

1976年、約十年にわたる文化大革命が終わりを告げ、やっと広州に戻る許可が出ます。招が14歳の頃です。広州市内に戻ったものの、元々住んでいたお屋敷も、所有していた数多くの家具や骨董品も手元には戻ってきません。住む場所もなく親戚の場所を転々としますが、各場所で肩身が狭くて長居なんてできません。そこで、とうとう我慢できずに始めたのが家の建築だそうです。建築と言っても、日本のようにのこぎりで木材を切って組み立ててというような作業ではありません。中国では、セメントを作りレンガをひとつひとつ積み上げる作業で家を作っていきます。でも、上下水道の整備や電気の配線などが必要ですし、しかも現代とは違ってどれも原始的な作業ですから、そんなに簡単ではありません。そして、作り始めてから約3か月、ついに3階建ての自宅を完成させます。粥菜坊の店舗は、初め全く何にもないスケルトン状態で借りましたが、彼女は飲食店での経験がゼロでも、狭いながら自分でベストな厨房を作ります。大変ながらも自宅を建築した経験があったからだそうです。


(写真) 1枚目:広州に戻った頃の招(左側)。2&3枚目:溶かしたセメントでレンガをひとつひとつ積み上げ、糸を使って水平であることに注意しながら、こんな感じで家を作っていきました。

看護師の時代

しばらくしてから、招は知人の紹介により広州にある大きな病院で看護師の仕事を始めます。もちろん専門の知識が必要な仕事ですから、看護学校での勉強と並行して従事したと言います。産婦人科に勤務したので、多くの赤ちゃんの誕生に携わりましたし、妊婦さんや新米ママさんには多くの健康面・栄養面のサポートをしたそうです。だから、今でも粥菜坊でそんなお客さんに気がつくと声をかけ、時には気がつく限りのアドバイスを送ります。歩き方や妊娠中の体型から男の子か女の子かわかるそうで、そんな話しもしたりします。そして8年。人の命を助けるやり甲斐のある仕事ではあるのですが、時に気分が滅入る業務もあり、看護師の仕事を退職することになります。その間に経験した医学の知識は今でも財産となり、漢方の勉強は趣味となってずっと続けています。今では漢方の講師をやれる資格も取りましたし、粥菜坊での料理にはたくさんの漢方の知恵が入り込んでいます。


(写真) 看護師をしていた20歳頃の招。父親の誕生会にて。

市場での経験

招は、8年携わった看護師の仕事を辞めましたが、両手があれば何でもやって生きていけると思っていたそうです。そこで、農村での知識や経験があるから、市場で野菜や肉を売り始めます。広州の人間は皆、舌がこえてますから目利きがきかなければ市場で生き残ることはできません。毎朝3時4時といった時間に仕入れに行き、野菜だけでなく、まるまる一頭の豚などの家畜や魚をリヤカーで運びます。朝6時には店頭でさばき、それを吊るしたり並べたりして売り始めます。ゆっくりさばいてたら仕事を始められませんし、家畜の各部位には相当詳しくないと仕事になりません。後に、中国で調理師の資格をとりますが、考査のうちの一つが、15分以内に生きているアヒルを調理して試験官の前に料理を出すもの。招は受験者の中で一番速かったそうで、それも市場でのこの経験があったからだと言います。肉は、各部位の美味しさや特徴を知っていると、料理の発想がどんどん拡がるので、料理への関心をどんどん引き出して、苦しいながらもとても楽しく市場での仕事をしたといいます。

そして来日

父親も文化大革命の終えんで広州に戻ってきており、衣料品製造と電球製造で会社をおこし、再度成功を収めていました。父の晩年は招もそのビジネスに一緒に取り組んでおり、父が1989年に他界すると、彼の意向で招が社長を引き継ぎます。ところが、そのことがギャンブル好きの実兄と財産・金銭が絡むどろどろの確執を招いてしまいます。母親もその15年前に他界しているため思い残すこともなく、日本に新しい境地を求めて来日することになります。

●日本での粥菜坊の開店そして今日

なぜお粥のお店だったのか

招が来日したのは1990年10月。夫の私は、当時海外で働いていて、日本に戻ったのが1996年1月。海外生活の最後2年は香港だったため、帰国後、広東語を話す機会が欲しくて、広東人の集まりに顔を出してたのがきっかけで知り合いました。私は、海外では世界でも有数の大きな会計事務所で働いていて、特に香港で働いていた最後の2年はプレッシャーと孤独感とで押しつぶされそうな日々でした。そんな中、香港では多数存在するお粥屋さんに、帰宅途中で立ち寄ることが多々あり、ビールを飲みながら食べるお粥と料理は、すさんだ心を和らげてくれました。「日本にも、こんな風に心を癒してくれるお粥のお店が身近にあったらいいなあ。。」そんな思いが頭によぎったものです。さて、それから7、8年の歳月を経て、日本で招と知り合い所帯を持ち、初めてお粥を作ってくれた時のこと。ひと口食べて、すっかり忘れていたその時の思いが頭に蘇ったわけです。おりしも、招は友達作りのために広東料理教室を始めていて、その勢いでお店でも出そうかという話が出ていた時。「そうだ、お粥のお店だ!」こうして、夫である私の要望によりお粥のお店が生まれたわけです。


(写真) 1枚目:当時私が働いていた香港の中環(セントラル)にある太子大厦(プリンス・ビルディング)。2枚目:セントラルへの通勤に使用していたエスカレーター。片道20分以上、23基を乗り継いで通っていました。3枚目:当時私の心を癒しに立ち寄ったお粥屋さん。

とにかく観察好き

招に出逢って交際を始めると、食や薬草に対する彼女の好奇心、探究心に感心し続けられることになります。デパ地下やスーパーではガラスの囲い中で作ってる人が見えるところがありますが、そんな場所では買物はそこそこに、厨房の中の人の動きを熱心に見つめています。店員さんに魚をさばいて貰う時も、手さばきをじっと見つめています。キッチンの中が見える飲食店に入れば、しっかりキッチン内が見える場所に座って、店員さんの行動を観察しています。当時はまだ、後々飲食店を出すなんてこれっぽっちも考えてない時期だったので、ただただ自分の趣味で、少しでも自分の技術、知識を高めたいだけで、そうだったわけです。自宅のすぐ近くが多摩川ですが、多摩川には薬草が溢れているらしく、呆れるほどずっと観察しています。彼女を見ていて、料理は机上の勉強や人から指導を受けるだけが勉強じゃないとつくづく思い知らされていました。
そして、彼女が今でも大切にしている勉強の場のひとつに、食品の展示会があります。毎年2月に幕張で開催されている展示会には、2日間お店を臨時休業して出かけます。面白い食材を探すためなのは勿論ですが、料理の発想を拡げてくれるヒント、新たな技術を習得できるヒントが詰まっているからだそうです。お気に入りは、地方産品ゾーン。日本中から集まる食品業者さん達の「こんなの作っています、あんなの新しく作りました」という発表会みたいなゾーンです。ポイントは、製造者さんと直接お話できるということ。いろんな工夫のお話はとても勉強になるそうです。そうした工夫や技術、知恵を粥菜坊に取り入れられるかどうかを考えながら時間を惜しんで歩き回るのが、とても楽しいと言います。


(写真) 1枚目:展示会は毎年欠かさず見に行きます。2枚目:信頼できる本当の杏仁豆腐も展示会で見つけました。。

粥菜坊での楽しい日々

粥菜坊は広東粥の専門店として始まり、当初は10点ほどのお粥、5種類ほどの餃子、そして少しの小皿料理しかないランチタイムだけのお店でした。でも、中国で体得したことをベースに、日本でも勉強を重ね、これも作れるんじゃないか、あれもできるんじゃないかと思いを巡らせ、ひとつひとつ実現させているうち、今あるような誰でも驚く量のメニューになってしまいました。粥菜坊には紹介したい料理がまだまだいっぱいあります。これからも自ら楽しみながら、皆さんが楽しめる料理を出し続ける粥菜坊でありたい、招はそう考えています。

中国では歴史に翻弄されたとも言える様々な経験をしてきた招。ですが、世の中を恨むことなく、そのひとつひとつを大切にして全力で取り組んできたからこそ、今の粥菜坊があります。飲食店はお客さんの幸せな笑顔が見れて、自分もとても幸せと招は言います。これからも、体力が続く限り、粥菜坊で楽しい日々を過ごしたいと思っているはずです。


(写真) 1枚目:オープン前日のお披露目パーティーでは、入れ替わり立ち替わりで、およそ150人を招待してご馳走を振舞いました。2枚目:以前は料理教室の生徒さんやお客さん十数名連れて、”ライチ狩り&広東料理満喫ツアー”を年1回5年にわたり実施していました。3枚目:川崎市の地元店イチ押しコンクールで優勝し、市長から表彰されたこともあります。

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